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高知地方裁判所 昭和50年(行ウ)6号 判決

原告 岩松義幸

被告 高知地方法務局登記官

訴訟代理人 麻田正勝 藤田孝雄 岡田卓 浜口晴彦

主文

一  被告が昭和五〇年四月九日付をもつて原告に対してなした高知地方法務局昭和五〇年一月一四日受付第一、二二六号土地地積更正登記申請の却下処分はこれを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は高知市口細山字口細谷二三〇番の土地

(以下「本件土地」という)の所有者である。

2  本件土地は登記簿上の面積が一八五平方メートルであるが実際はもともと広大な土地である。

本件土地と、隣地である同所二二九番(所有者和田友喜)、同所二二四番一(共同所有者吉田手袋株式会社、丸永手袋株式会社、シライ手袋株式会社)、同所二二四番二(所有者和田友喜)の各土地との境界が不分明であつたため、土地所有者間に紛争が生じ、原告は隣地の所有者である訴外和田友喜、同吉田手袋株式会社、同丸永手袋株式会社、同シライ手袋株式会社の四名を相手方として高知簡易裁判所に境界の確定を求める境界確定の訴(同裁判所昭和四九年(ハ)第二五八号)を提起した。

3  前記訴訟において、高知簡易裁判所は昭和四九年一二月一八日本件土地とその隣地との境界を別紙図面〈省略〉のとおりとする判決を言渡し、右判決は昭和五〇年一月確定した。

4  前記判決により確定された境界に基づき本件土地を実測すると、その面積は八、七一九平方メートルである。

5  そこで原告は、昭和五〇年一月一四日高知地方法務局に対し、前記境界確定判決書を添付して、錯誤による土地地積更正登記の申請をした。

6  ところが被告は、「申請にかかる筆界が本件土地の筆界と認定できない」との理由で、不動産登記法四九条一〇号により原告の前記申請を却下した。

7  しかしながら、本件土地と隣地との境界は、前記境界確定請求事件の確定判決により既に確定しており、かつ、そもそも非訟事件としての境界確定事件の判決は、裁判所が行政庁に代つて公権力により境界線を設定する行為であつて、対世的効力を有するから、登記官といえどもこれに羈束される。

8  よつて、被告のなした前記土地地積更正登記申請却下処分は、前記確定判決にしたがわない違法なものであるから、右却下処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実のうち、本件土地の登記簿上の面積が一八五平方メートルであること、原告が訴外和田友喜ほか三名を相手方とする境界確定の訴を高知簡易裁判所に提起したことは認め、その余は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は否認する。

5  同5、6の事実は認める。

6  同7、8は争う。

三  被告の主張

1  原告主張にかかる地積更正登記申請の却下処分に至るまでの経緯

(一) 原告の昭和四九年四月二五日付地積更正登記の申請(以下「第一次申請」という)およびそれに対する却下決定の経緯

原告の申請代理人土地家屋調査士池内久美から、昭和四九年四月二五日、本件土地の公簿上の地積一八五平方メートルにつき、錯誤を理由として、これを八、七一九平方メートルに更正することを内容とする地積更正登記申請書が高知地方法務局に提出された。

同地方法務局において受理後、係官が右申請書を調査したところ、申請書には委任状、土地地形図、地積測量図、土地調査書のほか、本件土地の地積更正についての隣接各土地所有者の承諾書が添付されていたが、右申請の内容が従前の公簿上の地積を実に四七倍強というかつて前例をみない増歩であつたため、同地方法務局登記官(以下「登記官」という)らは、同四九年四月三〇日、原告、隣接土地(二二四番一)所有者の代理人である竹下幸雄および土地家屋調査士池内久美の三名の立会のもとに実地調査を実施した。しかし本件土地は二二四番一、同番二、二二六番、二二七番、二二八番、二二九番、二三二番等の周辺の土地とともに既に宅地造成工事がほぼ完成していて、従前の各土地の形状およびその境界を確認することは不可能な状況にあり、現況のもとで測量され、第一次申請書に添付された地積測量図の測点を単に確認するにとどまつた。

そこで登記官らは、本件土地本来の境界を確認しうる客観的資料を得るためさらに調査を重ねた結果次の事実が判明した。

(1) 本件土地およびその周辺各土地の形状ならびにその境界が明確で、宅地造成がなされる前の時点である昭和四八年一月頃、本件土地の前所有者和田増喜、二二四番一土地の旧所有者岩松和孝らが、土地家屋調査士長崎増夫作成にかかる測量図に基づき本件土地、二二四番一および二三一番の三筆の土地につきそれぞれの境界を確認したうえ確認書を作成しているが、これによると右境界のほか本件土地の実測面積が約一、〇三六平方メートルであつたことが確認されている。

(2) 本件土地の隣地である二二四番一の土地は、もと岩松和孝の所有であつたが、その後右土地は、ほか五筆の土地(二二六番、二二七番、二二八番、字口細山一六四番、同所一六五番)とともに沢田康夫、井上熊重、桜産業有限会社(以下「桜産業」という)へと順次譲渡されたものであるが、昭和四八年一月一九日右桜産業は、二二四番一の土地の現所有者(共有)である吉田手袋株式会社、丸永手袋株式会社、シライ手袋株式会社(以下これらを「手袋三社」という)から九、〇〇〇万円を借り受けるに際し、右債務の担保のため右六筆の土地につき譲渡担保を設定し、同日中間省略登記により、岩松和孝から手袋三社への所有権移転登記手続を経由した。その後桜産業は倒産し、約定の弁済期限までに債務を完済することができなかつたために、右各土地の買戻権を喪失した。ところが右手袋三社が右各土地の価額と残債務との清算義務を履行しないため、桜産業の破産管財人は手袋三社に対し、清算義務の履行として右各土地の価額から残債務を控除した残額の内金三億円の支払を求める訴を提起するとともに、同四九年三月二二日高知地方裁判所の仮差押決定を得、同日右各土地につきその旨の登記がなされた。

(3)イ 和田増喜(公簿上本件土地の前所有名義人)は、これよりさきである同四九年二月一九日、自己所有の二二九番畑六九七平方メートルと二三一番畑九六八平方メートルとを合筆して二二九番畑一、六六五平方メートルとしたが、同年四月一〇日二二九番の土地の地積に錯誤があることを理由にこれを三、六四六平方メートルに更正することを内容とする地積更正登記申請書を高知地方法務局に提出した。同地方法務局において受理後、登記官が書面審査したところ委任状、土地地形図、測量図、旧土地台帳附属図写し、土地調査書、隣接農道水路の管理者である高知県知事、隣接地である二二四番一の土地の共有者である手袋三社のほか関係隣接地所有者の承諾書が添付されていたことから同登記官は真実地積に錯誤が存したものと判断し、昭和四六年三月一五日付民事甲第五五七号民事局長通達「不動産登記事務取扱準則」八二条三号により実地調査を省略して右申請を受理した。ところが右地積更正登記申請は、関係者が意思を通じ、本来は譲渡人所有の土地を分筆したうえこれを譲受人に移転登記すべきところ、譲渡人所有の土地すなわち和田増喜所有の前記二二九番の土地を増歩するという形の地積更正登記申請を行なうことによつて処理するという手段がとられたものであることが後日判明した。しかしそのときはすでに右土地一帯は宅地造成工事が行なわれていて、従前の区画を確認することが不可能な状態になつていた。

ロ 二二九番の土地についてなされた登記官の右地積更正登記処分につき、桜産業の破産管財人弁護士林一宏から、同四九年四月一〇日付をもつて高知地方法務局長に対し、右地積更正は仮差押にかかる二二四番一の土地の一部を売却する意図のもとになされたものであり、強制執行の不正免脱となることを理由に審査請求がなされた(もつとも、右審査請求は審査請求人によつてその後取下げられたが、これは不服申立の利益の存否につき疑義があるため自発的に取下げられたものであつて、強制執行不正免脱の疑いの存しないことが明らかになつたためではない)。

(4) 第一次申請書に添付されている測量図および旧土地台帳附属地図と、高知地方法務局備付の旧土地台帳附属地図ならびに前記(1)で述べた土地家屋調査士長崎増夫作成の測量図を対比してみるとき、右申請書添付の旧土地台帳附属地図に表示されているように、本件地積更正は、二二四番一の土地を大幅に取り込んで測量したものであることが看取される。

以上の諸事実が調査の結果判明したことにより、登記官(表示登記専門官大平稔)は、申請にかかる本件土地と関係土地との境界が確認できないとして、昭和四九年六月二六日不動産登記法四九条一〇号により第一次申請を却下した。

(二) 本件申請およびそれに対する却下決定の経緯

(1) 原告は第一次申請が却下されると、本件土地の隣接地の所有者である和田友喜(和田増喜の子であり、二二九番、二二四番二の所有者)、手袋三社(二二四番一の共有者)を相手方として、原告所有の本件土地と隣接する関係各土地との間の境界の確定を求める訴を高知簡易裁判所に提起し、昭和四九年一二月一八日同裁判所から自己の主張にそう境界確定の判決(以下「本件境界確定判決」ともいう)を得た。

(2) 右判決が昭和五〇年一月に確定した後、原告は同月一四日土地家屋調査士池内久美を申請代理人として本件土地の地積一八五平方メートルにつき錯誤があるとしてこれを八、七一九平方メートルに更正することを内容とする本件申請に及んだ。

本件申請は、委任状、土地地形図、地積測量図、土地調査書および前記確定判決の正本の写しを添付してなされたものであるが、第一次申請と異なる点は、隣接各土地所有者の承諾書に代えて、右確定判決の正本の写しが添付されている点のみで、他は全く同一のものであつたから、本件申請についてはすでに第一次申請の際実地調査等は実施ずみであつたが、さらに本件土地に関し登記官らが昭和五〇年一月下旬から二月上旬にかけて現地および関係者等について調査したところ次の事実が判明した。

イ 本件土地はもと和田増喜が所有していたものであるところ、昭和四八年一月一〇日同人と二二四番一の土地所有者宮寺敬一(桜産業代表取締役)との間に本件土地とこれに見合う二二四番一の土地の一部(二二九番の土地の東側に隣接する部分)とを交換する合意が成立し、宮寺敬一の依頼により土地家屋調査士長崎増夫が、岩松和孝(原告の父)、和田増喜(和田友喜の父)、宮寺敬一ほか関係者ら立会のうえ、交換の目的地である本件土地および二二四番一の土地の一部の境界を確認しこれを実測した。したがつて本件土地の形状および地積は右実測の結果に基づいて作成された実測図のとおりであり、またその地積は一、〇三六・七五平方メートルであり、およそ本件申請書に添付されている前記確定判決に示されている境界線の位置や地積とは著しく相違している。

ロ 前記長崎増夫調査士が本件土地を実測した当時においては、現地は段々畑状のみかん山で境界は極めて明確であり、本件土地および周辺各土地の現地は高知地方法務局備付の旧土地台帳附属地図に表示されているそれら各土地の位置および形状とほぼ合致していた。

ハ 本件土地およびその周辺の各土地一帯は、すでに第一次申請時における実地調査の時点で宅地造成工事がほぼ完成していたのであるが、加うるに原告が主張する増歩部分の一部は、二二四番一の土地の一部として第三者が旧所有者から買い受けていた。

以上のとおり、本件申請書に添付されている前記確定判決が示す本件土地の境界は、登記官が調査の結果得た客観的資料に基づく事実に照らすと著しく相違するものであつた。したがつて右判決は隣接地の二二四番一の土地を本件土地に取り込む手段として、原・被告のなれあいで得られたものというほかはない。よつて登記官(不動産第三係長野本哲雄)は、本件申請についてもまた、申請にかかる筆界が二三〇番の筆界と認定できないことを理由として却下したものである。

2  本件境界確定判決の効力

(一) 土地境界確定訴訟の性質については、判例、学説ともにいまだ定説がなく広く論議されているところであるが、右訴訟の果すべき機能の面からみると、これを公法上の土地境界の紛争を解決する訴訟、所有権対象の土地境界の紛争を解決する訴訟、あるいは占有土地境界の紛争を解決する訴訟とみる見解もあるが、いくつかの最近の判例が示すように、右訴訟において確定する境界は公法上の土地境界であり(最高判昭和四三年二月二二日民集二二巻二号二七〇頁、同昭和三八年一〇月一五日民集一七巻九号一二二〇頁、同昭和三一年一二月二八日民集一〇巻一二号一六三九頁)、それは公的に設定認証されたものであつて、私的関係における所有権の限界線とは質を異にするものである。そして公法上の境界(区画)は、明治初年の地租改正の際にはじめて所有権の対象とされることとなり、個々の土地の区画を明らかにするためこれに地番を附して特定し、その地番の各筆の土地が旧土地台帳および現在の土地登記簿上の表示によつて特定されている。それ故、公法上の土地の境界を判断する境界確定の訴は、その境界が不明であるか、あるいは確認することが困難である場合にはじめて適切に作用するものであつて、公法上の土地の境界が明らかな場合には仮りに境界確定判決がなされたとしても、その効力は生じない。

(二) 土地の境界は、観念的には土地所有権の範囲とは別個のものであつて、元来客観的には不動のものとして確定している筈のものであり、その確定している境界は相隣者との間の合意によつて変動させられる性質のものではない。ただこのような性格の境界であつても現実にはその位置が不確定、不明となり、その結果相隣者間に紛争を生じる場合が避けられないところから、その「争議ヲ根絶シ相隣者間ノ権利状態ヲ平安奮固ナラシムルヲ目的」(大判大正一二年六月二日民集二巻三四五頁)として境界確定の訴が認められているのである。

したがつて土地境界確定の訴が許されるには境界の不明なこと、または争いの存することが要件であり、境界が当初から明確である場合には境界確定訴訟の利用は許されず、ましてや境界を確定するためではなく、その変更等他の目的の手段として右訴訟を利用することは法の予定しないところであるから、かかる場合には、たとい判決がなされたとしてもその判決には主文で表示された線を境界と確定する形成力は生じない。

(三) さらに相隣接する土地の当事者間で境界線が不明または争いの存する場合でも、そのすべてについて境界確定の訴が許されるものではなく、少くとも客観的に存在し得る境界に近接した部分、換言すれば、過去の経験等から誰がみてもこのあたりであると考えられる一定の幅をもつた範囲の中においてその具体的特定を求めるべきものであり、右の幅の範囲内において当事者間で境界が不明であるとする場合でなければならない。

したがつて、相隣接する土地の当事者がなれあい的に、境界が不明だとして本来の境界とは明らかに、また著しく異なつた位置を指示して境界確定の判決を得たとしても、それは当事者が本来の境界を変更するため境界確定の訴という訴訟形式を利用したのにすぎず、それによつて得られた判決には形成力が生じない。

(四) そこで、本件境界確定の判決についてこれをみれば、以下に述べるような事由が存するのであるから、右判決には形成力が生じない。

(1) 本件土地の本来の境界は、本件境界確定の判決で定められた境界線とは全く異なり、別のところに存在することは前記1記載のとおりであるが、さらに付言すると、

イ 本件土地境界確定の判決によれば、本件土地がその面積(一八五平方メートル)において四七倍強という前例をみない増歩となるが、縄延びはかりにあつても、山林でない畑であることからみて僅少の筈であること、またその反面、隣接地二二四番一の土地が山林で、しかもその公簿上の面積が一五、〇二四平方メートルであることからみて、両土地の面積の対比からすれば右判決のごとき増歩はあり得ないこと、

ロ 宅地造成前における測量の結果、本件土地の実測面積が約一、〇三六平方メートルであり、その測量図の位置および形状が公図とほぼ合致していたこと、

ハ 航空写真によれば、宅地造成前の現況(特に林相)からは、公図上の各筆の形状、位置が明白に写出されていること、

以上の事実が、客観的資料等により登記官が調査した結果判明し、この事実によれば、原告が本件境界確定の訴において主張したところに本来の境界がある筈がない。

しかるに本件境界確定の判決は、本来の境界とは遠くかけ離れた位置を境界とする原告の主張をいとも簡単に検討したのみで、そのまま採用し、少くとも位置と形状はかなり高度の証明力を有するものとして取り扱われている登記所備付の公図を資料として採用しておらず、そのほか占有の現況、各隣接地の公簿面積と実測面積との比較検討、林相、地形の見分および鑑定や、これら資料に対する評価が境界を確定する場合不可欠の要素であるに拘らず、それが全くなされておらず、また合理的な理由付けもなされていない。

(2)イ原告が前訴で求めた境界は、以前において関係者と称するものが確認し合つた境界線について確定を求めようとするものであつて、本来的に存在する、いわば公法上の境界を対象とする紛争があつたものではない。

ロ したがつて、原告が、境界が明らかでなく、紛争が生じている、とするのは、前記実測のうえ確認し合つたとする境界線の位置においてであり、しかも原告と相手方らの間に食い違いをみせているのはその幅約一メートル程度の差異をみるだけである。

ハ 原告の主張している境界を実際上の土地に当てはめてみれば、本件土地の北側に隣接する二二四番一の土地とその北側に隣接する二三三番二の土地の境界近くまで大幅に拡張した位置に存在することになるが、そのような境界線はそもそも本来的に存在する昔からの境界線とはおよそかけ離れたものであつて、結局原告が紛争によつて境界が不明であるとするところは、本来の境界と全く異なるところにおけるものである。

(3) これを要するに、本件土地の本来の境界線は前訴の判決によつて決められた境界線とは全く別のものであること、裏をかえせば原告らが争いがあるとして境界確定を求めたところは、本来の境界とは似ても似つかわしくないところにおいて主張しているものであるところ、これらを綜合して検討するに、本件境界確定の判決は、原告らがなれあいで境界確定訴訟の制度を利用したのにすぎず、また、この訴訟の要件を充たしておらず、そのため本来の境界が動くこととなつてしまつているのである。

これらの実情から判断すれば、原告は前訴被告らと合意のもとに境界を変更せんとして、そのため裁判所を利用して形のうえで境界確定訴訟の形態をとつて判決を得たものということができ、このような場合には境界確定訴訟の制度を濫用したものであつて、右判決認定の境界線は第三者に対してその形成力を生じないというべきである。

3  本件申請却下処分の適法性

原告は、本件境界確定判決の対世的効力から、登記官はこれに覊束されると主張するが、境界確定の判決に基づき地積の更正登記の申請がなされた場合において、登記官には地積の更正登記を職権により行なう権限が与えられていること(不動産登記法二五条の二)を考えると、右判決により確定した境界に基づき測量した測量図(境界線)が、登記官の調査の結果と符合しない場合には、当該申請を却下することができるのであり、本件境界確定判決による境界は、登記官の調査結果による境界とは異なつており、すでに主張したとおり、本件土地の境界であるとは到底いえず、そのうえ合理的理由づけのもとに境界を確定したものとは認め難いものであるから、本件境界確定判決は登記官を拘束するものではなく、したがつて登記官が本件申請を却下した処分は正当というべく、右処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がない。

四  被告の主張に対する原告の主張

1  境界確定訴訟の判決が有効に確定した場合は第三者に対しても創設力を生じ、その判決は登記官をも拘束することについては、右訴訟を形成訴訟と解するにせよ非訟事件あるいは実質非訟形成的形成訴訟と解するにせよ異なるところのない結論である。ところが被告は、登記官に独自の調査権のあることを主張し、登記官の調査の結果が判決と齟齬する場合は、登記官は判決を無視できるような主張をするが、境界は唯一つしか存在せず、登記官の調査権もこれにしたがわざるを得ないところ、判決はこの唯一既存の境界と一致するものであるか、しからずんば、この一部又は全部を消滅させ、新しい境界を創設したものであるか、そのいずれかであるから、境界確定訴訟の判決が有効に確定したかぎり、登記官といえどもその拘束力を免れることはできない。したがつて登記官は、判決で示された唯一絶対の境界線が現地において何処に該当するかを調査する権能があるだけのことである。

2  被告は「境界確定の訴は、その境界が不明であるか、あるいは確認することが困難である場合にはじめて適切に作用するが、本件は公法上の土地の境界が明らかな場合であるから、仮りに判決がなされたとしても、その判決は無効である」と主張するが、境界確定訴訟の原因は、単に「両地ノ相隣接セルコト、及ヒ其ノ境界ニ不明者若ハ争ノ存スル事実アルヲ必要トシ、且之ヲ以テ足ル」(大判大正一二年六月二日民集二巻三四五頁)のであつて、隣地所有者間に境界の争いがある以上、原告としては当然に裁判所に対し境界の確定を求めることができるのである。

そもそも境界確定の訴においては、原・被告はそれぞれ一定の境界線を主張するのが通例であり、このことは境界が主観的には明らかであるともいえるし、また裁判所が境界を判断する場合は多くの資料により合理的、機械的に境界が割り出される例も多く、この場合には境界は当初から客観的に明らかであつたともいえるのであつて、被告の主張のように、境界確定訴訟が常に境界不分明なることを要するということはない。

3  被告は、本件境界確定判決は原告およびその相手方ら双方のなれ合いで得られたものであること、およびその結果右判決の示した境界は客観的に誤りであることを主張するが、境界確定訴訟においては、裁判所は当事者の申立に拘束されることなく、独自の立場から、土地占有の状態、公定面積との関係、公図その他の図面、境界標、林相、地形、証人等を慎重に審理し、必要に応じ検証し鑑定させる等、衡平の原理にしたがつて境界を決定するものであるから、理論上は当事者のなれあい訴訟というものはあり得ない。また判決の内容が誤つているからこれにしたがえないという主張は「悪法もまた法なり」とする法治国家のもとではとるに足りない主張である。

被告の主張のように、本件境界確定判決にしたがえば不都合が生じるということが仮りに事実であつたにしても、それは現行の法体系からはやむを得ないところである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告が本件土地につき、隣地所有者である訴外和田友喜、同吉田手袋株式会社、同丸永手袋株式会社、同シライ手袋株式会社の四名を被告として高知簡易裁判所に境界の確定を求める訴を提起し、昭和四九年一二月一八日本件土地とその隣地との境界を別紙図面〈省略〉のとおりとする判決が言渡され、右判決が昭和五〇年一月確定したこと、原告が本件土地につき同月一四日高知地方法務局に対し、右境界確定判決書を添付して、錯誤による土地地積更正登記の申請をしたこと、被告が右申請につき「申請にかかる筆界が本件土地の筆界と認定できない」との理由で、不動産登記法四九条一〇号により却下したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告のした本件地積更正登記の申請却下処分が違法であるとの原告の主張を判断するにあたり、被告が前記境界確定判決の効力を争い、登記官(被告)は右判決に拘束されない旨主張するので、まず右判決の効力の有無の点について検討する。

1  被告は、本件境界確定判決が効力を生じない事由として、被告の主張2の(一)ないし(四)記載のとおりの主張をするが、右主張はいずれも結局、右境界確定訴訟は境界確定の利益ないし必要(境界の不明ないし紛争の存在)を欠くから本件境界確定判決は無効であるという主張に帰する。

そうだとすれば、右境界確定の利益ないし必要は境界確定訴訟の訴訟要件であるから、仮りに被告の右主張のように、本件境界確定判決が境界確定の利益ないし必要という要件を看過してなされたものであるとしても、その違法は単に上訴理由となるにすぎず、すでに右判決が確定した本件においては右判決が取り消される可能性がなく、したがつて右判決の効力を争う余地がないのであるから、被告の前記主張は失当である。

(もつとも、被告の前記主張のうち、原告らが不当な目的のもとになれあい訴訟で本件境界確定判決を得たものであるから右判決は無効である旨の被告の主張については、これを前記のとおり境界確定の利益ないし必要を欠く旨の主張と解されるほか、これとは別に、右判決の無効事由としての独自の主張をしたものと解する余地もあるが、そうだとしても(後者の主張であると解するとしても)当事者間のなれあい訴訟の結果得られた判決といえどもそれが確定した以上、詐害判決の再審による取消制度を認めていない現行法のもとでは右判決の効力を争う余地はなく、したがつて被告の右主張もまた理由がない。)

2  被告はその主張3において、本件境界確定判決による境界は登記官の調査結果による境界とは異なつており、本件土地の境界であるとはいえず、また合理的理由づけのもとに境界を確定したものではないから、本件境界確定判決は効力を生じないと主張するが、仮りに本件境界確定判決の内容が被告の主張のように不当なものであるとしても、上訴、再審等法律上認められた不服申立により右判決の取消がなされていない本件においては右判決を有効なものとして取り扱うほかないのであるから、右判決内容の不当を理由に直ちにその効力を否定する被告の主張は理由がない。

3  そうだとすると、本件確定判決の効力を争う被告の前記主張はいずれも理由がなく失当であるから、右判決はその本来の効力を有すると認めるのが相当である。

三  被告はその主張3において、登記官は必ずしも境界確定の判決で定められた境界線に拘束されず、独自の実地調査権に基づき本来の境界を調査し得ることを前提として、本件境界確定の判決による境界が右調査の結果判明した本来の境界と異なるから、原告の本件地積更正登記申請を却下した被告の処分は違法でないと主張するので、この点につき検討するに、一般に境界確定の判決が確定すると、右判決で定められた境界線について対世的効力(形成力)を生じ、第三者において右境界線を争うことができなく、したがつて登記官庁といえども判決の定めた境界線に拘束され、これに基づき登記簿の記載を更正する必要があると解するのが相当であるから、これと見解を異にする被告の前記主張は採用できない。

そうだとすると、原告が本件境界確定の判決に基づいてなした本件地積更正登記の申請を却下した被告の処分は、右確定判決にしたがわない違法な処分であるというべく、したがつて被告のした右却下処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がある。

四  よつて原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田村承三 三谷忠利 松村雅司)

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